第5回「闘鶏の世界」
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「シャモ師たち」
 シャモたちが熱戦を繰り広げる土俵の周辺。そこには三種類の人間がいる。まずは愛鶏の戦況を見守る飼い主。誰もがポーカーフェイスを装ってはいるが、愛鶏が繰り広げる攻防をどこか心配そうな面持ちで凝視している。次に、自らの愛鶏の戦いがすでに終わり安堵した表情で見守る人たちである。そのほがらかな表情からは愛鶏の勝ち負けを忘れ、闘鶏を純粋に楽しんでいるという様子が見える。最後に、これから始まる愛鶏の戦いを前に、他の鶏たちの奮闘ぶりを視察している人たちである。その表情にはやはりどこか緊張している様子が見て取れる。 
 
こうしたそれぞれの立場を経験しながら、シャモを長年に渡り愛し続けてきた人々。それが「シャモ師」と呼ばれる人々である。

 闘鶏の世界で真のシャモ師と呼ばれるまでに必要とする年月は20〜30年。多くの優秀なシャモを育て上げ、闘鶏大会を仕切り、愛好会の運営にも携わる。闘鶏文化へ広く貢献してこそ、真の「シャモ師」と呼ばれるに至る。

 しかし、シャモ師にとって最も大切なのは、やはりシャモへの深い愛情だ。シャモたちが繰り広げる生死を懸けた戦い。戦場へと愛鶏を送り出すのもシャモ師たちであるが、戦いを終え、傷付き疲弊した愛鶏を迎えるのもまた彼等である。

 試合が終わると、シャモ師たちはすぐさま愛鶏を抱え、鶏を搬送してきた車へと戻る。そして、お湯を用意し、まず傷ついた肉体を優しくまんべんなく洗ってやる。次に濡れタオルを細くねじって、鶏の口から喉奥へと差し込む。60分間にも及ぶ戦いの間に血や痰が喉に絡んでしまうため、取り除いてやるのだ。

 最後は傷の手当である。ここにシャモ師としての経験が集約される。傷薬のベースとなるのは35°の焼酎である。これは一般的。そこに何を加えるかが重要。あるシャモ師は、栃の実、ほおづきをすりつぶして焼酎に漬込む。またある者は、めくらぶどうやサクと呼ばれる草の根を混ぜる。愛鶏が一刻でも早く回復できるようにと、シャモ師たちは自然の中からさまざまな薬草を採集し、オリジナルの傷薬を作っているのだ。

 もちろん、餌へのこだわりも深い。試合前に身体を絞り、瞬発力を引き出すことを目的に配合した餌、試合後の体力回復をはかるために栄養価の高い素材を集めた餌など、まるで一人のアスリートを育て上げるような感覚で餌作りを行うのだ。




 試合が終わり、愛鶏を治療する一人のシャモ師が印象深い言葉を語ってくれた。

「こいつはねえ。2年間闘ってきたが、まだ負けたことがないんだ。俺なんかには本当の立派なシャモ。だからこそ、負ける前に今日で引退だ」

 シャモは闘争本能を誇りとしているだけあって、一度負けると精神的ショックを受け、それまでのように実戦を闘えなくなるという。豪壮ながら繊細なシャモの心を知るシャモ師たちが、愛鶏を厳しい戦いに送り出す理由は、シャモたちが先祖から受け継いできた闘いへの誇りを守るためなのかもしれない。
戦況を見守るシャモ師たち。
試合後の愛鶏に特製の傷薬を塗る。
タオルで喉奥の血と痰を取り除く。
自慢の愛鶏と。
闘鶏によって鶏と人の信頼関係が築かれる。