第5回「闘鶏の世界」
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闘鶏のための鶏「軍鶏(シャモ)」
 軍鶏(シャモ)が日本に初めてもたらされたのは江戸時代初期のこと。その名の通りシャムの国(現在のタイ)から、当時の交易船である朱印船で運ばれてきたという説が有力である。

 渡来当時からシャモの用途は観賞用ではなく、闘鶏としてであった。頑健で発達した頸。眼光鋭い精悍な面構え。相手を威圧するたくましい胸。大地を力強く踏みしめる脚。これらの肉体を駆使するシャモの戦闘能力は、それまでの日本に存在した地鶏、小国とは比にならないものであった。渡来後は、またたく間に闘鶏のスター鶏としての地位に昇りつめたのも十分にうなずけることである。

 しかし、幕末になるとシャモを取り巻く環境にも少々の変化が訪れる。何と食用の対象として見られ始めたのである。シャモを食べる場合、最も人気があったのは「しゃも鍋」で、大き目に切ったシャモの肉を煮て食べたという。また、シャモの屈強さにあやかろうと、当時の相撲の関取りのなかには、シャモの頸の骨をかじったり、頭のつけ焼き(醤油をつけて焼いたもの)を好んで食べる人もあったようだ。

 実際、シャモは地鶏とはまた違った風味の良いダシが出る。現在でも高級料亭などではシャモ肉は人気メニューのひとつだ。また、成長が遅いシャモと生産効率の優れたブロイラーなどの品種を掛け合わせ、味の良い銘柄鳥を生産しているメーカーも存在する。

 日本鶏としての純粋なシャモは、昭和16年8月1日に天然記念物の指定を受けているが、闘鶏用としてはもちろん、珍味としてのシャモの役目もいまだ続いているのである。
戦いを繰り広げるシャモ

闘鶏大会で戦いを繰り広げるシャモ。不屈の精神力で闘い抜く。
 
北日本鶏紀行